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2009.09.15 Tue 16:45
Teamのコブクログにも書きましたが、
まだライブがこれからの方のために、こちらではネタバレなしで、
そして、後半部分、Teamの方では書けなかったことも、追記しています。


___


今回、宮崎2daysに参加させてもらいましたが、
私がとっても印象に残ったお話を多くの人に伝えたい。
あの感動を文字で残しておきたい。



2009年9月11日 KOBUKURO LIVE TOUR '09 "CALLING"宮崎2日目


最初の2曲が終わり、小渕君の第一声。

「ただいま帰ってまいりました~!」
「おかえり~~!!!」
前日と同じ掛け合いから始まりました。

宮崎弁全開で話してくれる小渕君は初日同様、とってもイキイキとしていました。
その様子を優しく見守る黒ちゃん。

この日も小渕君の親戚やお友達がたくさん駆け付けていたそうです。
そんな地元ならではの温かい雰囲気に包まれた中、小渕君が話し始めました。



「僕がギターを弾くきっかけを作ってくれたのは中学時代の友人です。
中学の時、その友達と一緒にギターを始めたんですけど、
お互いの家を行き来したりして、いつも一緒にギターを弾いていました。
彼は“さかりょう”って言うんですけど、
僕が今でもこうして音楽をやり続けていられるのは彼のお陰です。
その友達とは別々の道をずっと歩いてきたわけですが、なんと!今日!!
その友達が20年越しに、初めて僕らのライブを見にきてくれました!!
すごく嬉しいです!!!!」



そしてそのお友達が、
「お~~~~!!」と両手を挙げて答えてくれました。


「お~~~!!さかりょう~~~~~!!!
 真正面じゃ~~~~~~!!!!!」

と、両手でお友達を指差す小渕君。



ステージの小渕君の直線上で、その声に応えるお友達。
私は同じ列のすぐ近くに座っていました。


ご家族で参加されていた“さかりょう君”。
ステージと客席での二人のやり取りを見つめていた、隣の奥様は涙ぐんでらっしゃって、
その二人の間にはキラキラした目でステージを見つめる小さなお子さんが。
お友達ご本人も、涙をぐっっとこらえているような、そんな表情をされていました。
二人のやり取りに会場からは大きな拍手が贈られ、胸が熱くなったのは私だけじゃなかったと思います。

そして、ある曲の時、ふと隣を見ると、
真ん中にいる小さなお子さんを挟んで、家族3人で楽しそうにしている
“さかりょう君”の姿が何度も目に入り、
盛り上がり曲なのに溢れてくる涙をこらえることができませんでした。


【2000年10月11日】のコブクロ日記【ライバル】に、さかりょう君のお話が書かれています。
何度か読んだことはあったので、その話は覚えていたのですが、


「さかりょう、もし、宮崎にツアーでまわることがあったら、一番良く見える席に招待するかいね!!
待っちょきないよ!」(↑その日の日記より。)


その言葉が現実となり、その二人のやり取りを幸運なことに間近で見せていただき、
何度も何度も涙がごぼれました。


小渕君とそのお友達、二人にしかわからない、いろんな想いがいっぱい詰まったライブは、最高に盛り上がりました。
もちろん、それ以外のお客さん、そして、私にとっても、忘れられない感動のライブになりました。

___


アンコールのMCで、小渕君が夢を語ってくれました。
その後、ライブ終了後に届いたサンキューメール。



「2日間の宮崎ライブを終え、ひとつの大きな夢が見えました。
いつか宮崎ででっかいライブをやりたい。
いつになるか全く何も決まっていないのですが、僕は言い続けて必ず実現したいと思います。
そんな夢を思い付かせてくれたお客さんに感謝です。
ありがとうございました!」


実は、Teamの方ではなんとなく書けませんでしたが、
私といっちゃん、コブクロに宮崎で大きなライブをしてもらいたくて、
1年ほど前から少しずつ動いていたんです。

和歌山で10周年ライブに参加した時、和歌山全体で盛り上がるその光景を目の当たりにして、
私の中で強い想いが芽生えました。

結成10周年は和歌山だった。
デビュー10周年は、ぜひ宮崎で。

できることなら、デビューの3日前、黒ちゃんが小渕君のことを想って号泣した、
「フローランテ」に、10年後にもう一度戻ってきてほしい。

その想いをいっちゃんに伝えると、いっちゃんもすぐに賛同してくれて、
ある記事のことを話してくれました。

コブクロがデビュー間もないころ雑誌の中の一問一答形式のインタビュー。

F1000326[1]


見えますでしょうか?


Q:「将来、絶対にここでやりたいという場所はありますか?」

A:「宮崎の、サンマリンスタジアム。」(小渕君)
  「神戸、チキンジョージ」(黒ちゃん)

(黒ちゃん、ちっちゃく書いてごめんなさい。笑)

おそらく、2002年の記事のようです。


今年の1月、家族で福岡旅行に行った時、いっちゃんの自宅へお邪魔して、
綺麗にスクラップされたこの記事を見せてもらいました。

その瞬間、電気が走ったように衝撃を受けました。
私が思っていたこと、小渕君の夢だったんだ!!って。

私たちもその夢を叶えるお手伝いがしたい。
小渕君の夢は、私たちの夢になりました。

キャパ的にフローランテは無理でも、
●去年のa-nationで2万5千人を動員した、宮崎県総合運動公園・陸上競技場
http://www.pmiyazaki.com/dy/72.htm

●侍JAPANのキャンプ中に4万人以上を動員して大混乱した、
↑に小渕君も書いているサンマリンスタジアム
http://www.pmiyazaki.com/dy/82.htm

どちらかではやれるんじゃないか。


それから夢への実現に向けて、二人だけでプロジェクトチームを立ち上げ(笑)
いっちゃんがツアー以外で何度も宮崎に足を運んでいたのは、そのためです(爆)


でも、私たち二人では、とっても心細く、ぜひ協力な助っ人をお願いしたく、
桜咲く3月にいっちゃんが来宮した際、やっとの思いで宮崎のSさんに私たちの熱い想いを
伝えたのですが、あっさり断られました(笑)


そして、今回、ライブ会場で、その夢を語ってくれた時、全身に鳥肌が立ち、
小渕君、昔、描いた夢を忘れていなかったんだね・・・
と、嬉しくて嬉しくて。

それまで、MCで、「昨日は定休日だったんですが、同級生の特権で「重乃井」を開けてもらった」
と聞けば、2階席の先頭に座るいっちゃんを下から見上げて、
「やっぱり!!」と何かとアイコンタクトを取ったりしていた私たち(笑)

でも、この時ばかりは・・・体が完全に固まってしまいました。


小渕君が皆の前で口に出して言ってくれたから、きっと、その夢、叶うよね。
もしかして、もう少しずつ夢に向かって動いてる??

小渕君の夢が叶う時。
私もその場所で、同じ風、同じ感動を味わえること。
それが今の私の夢です。

___



今回、宮崎を訪れてくださった県外ファミさんから何度も言われた、
とっても嬉しかった言葉。


「宮崎の風土や人柄が今の小渕君を作ったんだね」
「絶対にまた宮崎に来たい!」


この言葉、何回聴いたかな。
そのたびに嬉しくて泣きそうになっている自分がいました。


宮崎を好きになってくれて本当にありがとう。

宮崎に生まれてよかった。
コブクロを好きになってよかった。

黒ちゃん、小渕君、ありがとう。
ありがとう。


__


よかったら、【2000年10月11日】のコブクロ日記を読んでみてください。
小渕君とさかりょう君の素敵なお話。
涙なしでは読めません。


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